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会報の特集記事で、テーマを「補強・ウエイト」として原稿を集めたところ、OBの柳川様から以下のような原稿を頂きました。会報には分量の関係上そのまま載せることはできなかったので、ここに完全版を載せておきます。
以下本文です。
短距離走のためのウエイトトレーニング
柳川政洋(1986年卒)
1,はじめに
腸腰筋によって前方に引き出された脚はリラックスしていて、膝から下が自然に前に振り出される。重心のわずか前方に接地した足は地面から反力をもらい、股関節伸展筋の力と合わさって強力な推進力に変換される。これがブレーキの少ない理想のスプリントの動きです。一方で、大腿直筋を使って無理やり腿上げすると、大腿四頭筋が硬直した状態で接地するため、ブレーキが大きくなり、もがけばもがくほど減速する。これがスタートダッシュに頼った、後半減速する、悪いスプリントの動きです。
腸腰筋がうまく使えるようになると、ハムストリングスや大殿筋が連動して使えるようになるため、まるで下り坂を走っているように、スピードがどんどん加速するような感じを覚えます。この動きを補助するのが肩甲骨まわりの筋肉の動きです。腕ふりの重要性が言われますが、大切なのは肩甲骨の動きであって、腕ふりそのものではありません。肩甲骨まわりの筋肉は、神経的に骨盤まわりの筋肉とつながっています。肩甲骨まわりの筋肉をリズミカルに動かすことで骨盤まわりの筋肉の収縮が活性化されます。女子の短距離日本記録保持者の福島千里の腕ふりに関して、いろいろと批判がありますが、肩甲骨がうまく使われているので、決して悪い腕ふりではありません。具体的に言うと、肩甲骨と骨盤の距離が短く見える動きであれば、腕を下のほうで振ってもかまいません。教科書通りに腕振りしても、肩甲骨と骨盤の距離が長く見える動きはだめです。肩甲骨を動かすリズムと股関節伸展筋のリズムが合致すると、後半の減速が最小限に抑えられ、好記録が出ます。早稲田の江里口の肩甲骨の動きは、後半の減速を抑える理想的な動きです。
ここまで読まれた方は、何を生意気なことを言い切るのかと怒っているかも知れません。
私のベスト記録は100m10秒9です。二流以下、三流のスプリンターでした。そして私はスポーツを研究して収入を得ている訳でもありません。ここまで言い切れるのは、自分の子供の短距離の活躍(ベスト記録は10秒65)を、応援、助言、指導してきた実績と、その間、陸上競技場のスタンドから8年間にわたって、数多くの選手たちの走りを見てきたからです。更に5年前にコナミスポーツに入会して自分自身が筋トレに励んできました。走るために必要な筋肉は何か、それを鍛えるには何をすべきかが、ようやくわかってきたと感じています。これから私が述べることは決して完成したものではありませんが、現役のアスリート諸君のお役に立つ情報であることを確信しています。
2,私の現役時代(1978年~1986年)
私が現役の頃はマック式が主流で、筋力を「最大筋力」「筋スピード」「筋持久力」の三つに分類し、「筋スピード」と「筋持久力」の二つが重視されました。「最大筋力」を向上させる筋トレが軽視されていた時代でありました。20kg程度の軽重量でジャンピングスクワットやフライングスプリット、ベンチステッピングジャンプ等を行うことで走りが速くなると信じられていましたが、実際にこれらの筋トレを行っても「効いた気がしない」「負荷がかかっていない」という不全感があり、私はこの教えに懐疑的でした。そのためマック式の教えに反して、かなりの高重量のスクワット、デッドリフト、ベンチプレスと、スナッチ、ハイクリーンを好んで行いました。レッグカールは肉離れの防止という位置づけで補助的にしかやりませんでした。また背中の肩甲骨まわりの強化はほとんど行いませんでした。今から思うと、やり方、考え方は間違っていたものの、最大筋力の向上に注力した点は正しかったと思います。私は大学の授業の単位はいっぱい落としましたが、陸上競技に関してはかなりの勉強家で、当時出版されていた書籍のほとんどを読み漁りました。しかしながら、速く走るために必要な筋肉は何か、どのようなトレーニングをすべきかを論理的に教える書物はありませんでした。大腿四頭筋の強化が最も重要であると勝手に思い込み、前述の高重量の筋トレを続けた結果、土のトラックでも100mを10秒台で走れるようになったことから、我流の筋トレでもそれなりの効果があったようです。
3,一応指導者として(2002年~2010年)
時は過ぎて、子供が中学に入学して陸上競技を始めたことが私の陸上熱を再燃させました。月刊陸上競技、陸上競技マガジンを毎月購入し、すみからすみまで熟読しました。また、伊東浩司氏が取り入れた初動負荷理論、筋肉博士としてマスコミに頻繁に登場する石井直方東大教授の筋肉増強理論、加圧トレーニング等を書籍で勉強しました。また陸連のバイオメカニクス研究班が、速く走るために最も重要な筋肉が「腸腰筋」であることを見出した記事を読み、拍手喝采したことを覚えています。それまで「腸腰筋」なんて存在すら知らなかったのですから。これらの知識を子供に伝え、筋トレを指導し、試行錯誤する中で、短距離に必要な筋肉、筋トレが何かをつかんできました。前述のとおり、私自身コナミスポーツに通って筋トレを再開し、各種筋トレを体感する中で、短距離に必要な筋トレが何かが、やっと見えてきました。私が考える、鍛えるべき筋肉を重要な順に以下に示します。
① 腸腰筋
② 股関節伸展筋群(大殿筋、ハムストリングス、大腿直筋)
③ 肩甲骨まわりの筋肉
④ 膝まわりを中心とする大腿四頭筋(膝関節伸展筋)
トップスピードを生み出すのは①と②、それを補助するのが③。そしてスタートダッシュに必要なのが④と思います。②の重要性は現役時代には気がつかなかったことです。ベンチプレスに精出すよりも「鉄棒を使った懸垂」に注力すべきであったと後悔しています。これらの筋肉強化のための方法として以下が挙げられます。
[腸腰筋の強化]
ウエイトトレーニングよりも砂浜ダッシュ、階段ダッシュ、坂上りダッシュのほうが実動作に近くて効果的と思います。筋トレの中ではレッグランジが効果的でした。腸腰筋に意識を集中して行うことが重要です。お腹の底に痺れた感じが出れば効いています。
[股関節伸展筋の強化]
1)レッグプレス
重要なことはセット時に足を高く上げて、足と膝を直角にセットすることと、膝がお腹に着くぐらいに椅子の位置を前方に近づけることです。大殿筋、ハムストリングス、大腿直筋とその拮抗筋である腸腰筋を鍛えるやり方です。ちなみに伊東浩司氏は、この方法で、400kg以上の負荷でレッグプレスをやっていたそうです。
2)スクワット
重要なことは、お尻を後ろに突き出し、足と膝を直角にセットすること。高重量だと腰を痛めやすいので100kg程度で素早く行うほうが良いと思います。スピードスクワットと呼ばれる短距離選手にとって好適な筋トレです。
3)シーテッドレッグカール
椅子にすわった形でのレッグカール。スプリントにおけるハムストリングスの役割は、
膝を曲げる動きよりも大腿を後方に振り出す股関節伸展の動きのほうが重要であることから、従来のうつ伏せになるレッグカールよりもシーテッド式のほうが実動作に近く、効果的です。
[肩甲骨まわりの強化]
1)ラットプルダウン
伊東浩司氏が好んで行った筋トレです。肩甲骨まわりの強化と柔軟性の向上はスプリントにとって極めて重要です。それはなぜか? すでに述べたように、股関節伸展筋と肩甲骨まわりの筋肉は連動しており、肩甲骨まわりの筋肉をリズミカルに動かすことで骨盤まわりの筋肉の収縮が活性化されるためです。
[膝関節伸展筋の強化]
通常のスクワットやレッグエクステンションで十分に強化できます。私は現役時代、大腿四頭筋の強化に偏ったため、スタートダッシュしか取柄の無い、後半の弱い選手で終わってしまいました。
[全身のパワーアップ]
スナッチやハイクリーンは股関節伸展筋を主体としたパワーアップに極めて有効と思います。スナッチで自分の体重の重さをあげることが最低必要です。
4,おわりに
以上述べた筋トレマシンがすべて駒場のトレ体にあることを雑誌(トレーニングマガジン)で確認しています。
私は今53歳で、身長172cm、体重67kgです。5年間の筋トレの成果で、現役時代と比較すると脂肪の増加はわずか3kgで、筋肉が2kgも増えています。筋肉の増加は、主として肩甲骨まわりの筋肉の増加と大殿筋、ハムストリングスの増加によるものです。現役時代よりも速く走るための筋肉が増えていることから、マスターズ陸上に出ることを何度も企みましたが、そのたびにアキレス腱を痛め、現在は断念しています。ここで言いたいことは、高齢でも速く走るための筋肉の強化が可能なことです。若い現役諸君にとって、腸腰筋、大殿筋、ハムストリングス、大腿直筋、肩甲骨まわりの筋肉を5kg増やすことは、決して難しいことではないと思います。伊東浩司氏は速く走るために必要な筋肉のみを大幅に増やして日本記録を樹立しました。筋トレは記録更新のための最も重要なトレーニングだと思います。
筋肉の強化だけではスピードアップすることはできません。初動負荷マシンがなくても、筋肉の柔軟性向上は可能です。ダウンでストレッチを十分に行うことが肝心でしょう。
スプリンターは生まれるもので育てるものではないと言われますが、決してそのようなことはありません。現役諸君が科学的なトレーニングで自己記録の大幅更新をはかることを祈念しています。
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